夜が来て朝になる・・・

皆さん

いつも雅の遊び字ギャラリーにお越しいただきましてありがとうございます

皆さんにはお変わりなくお過ごしでしょうか

 

我が家の方では

一気に寒くなったように思うのですが

皆さんのお住まいの方面はどうですか

 

長く続いた激暑の夏から

秋がなく

初冬がやって来たように感じます

 

端境期(はざかいき)という

季節の変わり目を指す言葉が

私は好きですが

 

やれやれ暑い夏も終わり

凌ぎやすい

素敵な秋がやってきました

というならば

「今はちょうど 夏から秋への端境期です」

と言えるのですが

 

こう一気に寒くなったら

端境期という素敵な言葉も使えず

残念な気持ちになります

 

夏が暑かっただけに

余計に寒く感じるのかもしれませんが

只今土曜日の15時ですが

室温が20度です

 

昨年までは

これくらいの寒さになったら

我が家のリビングから見える

お山が色付いて

キュンとしていたようにも思うのですが

私の気のせいでしょうか?

 

今年も

仕事先や車窓からの

紅葉狩りを楽しみに待ちたいと思います

 

 

それでは

今日の作品です

夜が来て

朝になる

また夜が来て

朝になる

どんなに暗くても

光はいつか

かならず射す

ですが・・・

 

一昨日

遠方の教室に出向いた朝のことです

 

電車で

二人掛けの席に一人で座っていると

真後ろに

女子高生が二人で座っていました

 

初めは無言だったので

二人共

スマホを見ていたのかもしれませんが

 

暫くすると

一人の女の子が

突然

「幸せと不幸は 一生で考えたら だいたいみんな同じくらいって言うけど どれくらいずつあるのかなぁ?」

と言いました

 

私は

女子高生だと

アイドルの話とか

メイクの話とか

ファッションの話とか

恋愛の話とか

もっと

キャピキャピした話題なのかと思っていたのですが

 

なんとも

哲学的と言いますか

あまりに真面目な話題に

ちょっと驚きました

 

ところが

そこから先に話は全く展開せず・・・

 

何故かと言いますと

一人の女の子が

話題を投げかけた形になるのですが

 

もう一人の女の子が

「なんなん急に!」

「めっちゃしゃべるやん!」

「・・・・・」

と言って

 

乗り気でないのか

人は多くないとはいえ

電車の中なので

真面目な話が恥ずかしかったのか

それとも

面倒くさかったのか

真意は分かりませんが

何も答えず無言になりました

 

暫くすると

初めに話を振った女の子が

再度

「でもさぁ」

と言って

また先程の話を始めました

 

すると

もう一人の女の子が

「なんなん!」

「まだ続くん!」

「めっちゃしゃべるやん!」

と言ったので

 

「あのな・・・」

ともう一人の女の子が言いかけると

「私今忙しいねん!」

と言って

話はそこで終わりました

 

真後ろの会話なので

私なんだか

ドキドキしてしまって・・・

 

勿論

聞いているのは耳のみなのですが

(この二人って友達よね?)

と思ったり

(仲がいいからこそ できる会話なのかなぁ?)

と思うのですが

 

あまりに衝撃的で

耳で聞いているというよりも

二人の会話が

後頭部に刺さるという感覚でした

 

真面目な会話をするのが

恥ずかしかったのでしょうかね?

 

それとも

ゲームでもしていて

手が放せなかったのでしょうかね?

 

もしかしたら

どちらかのお家にお泊りして

夜も深くなると

そんな会話もできるのかもしれませんね

 

決して叶うことではないのですが

私は

話題を投げかけた女の子と

話してみたいと思いました

 

女の子より

三倍以上!

もしかしたら

四倍!長く生きているおばちゃんとはいえ

 

私が

女の子の問に対する正解が言える訳ではないのですが

幸せや不幸について

真剣に考えている女の子が

凄いなぁと思いました

 

私は学生時代に

そんなことを考えた記憶がなくて

「あの若さで・・・」

と思って

感銘すら覚えました

 

幸せと不幸について

漠然と気になったのか?

それとも

何か思うところがあったのかは分かりませんが

 

もしかしたら

まだまだ経験の少ない

うら若き相手の女の子には

(はっきりとした答えがないような話題をなんでするの?)

と思ったかもしれませんね

 

それとも日常が

取り立てて幸せと思っていないかもしれないけれど

不幸とも思っていないので

会話に興味がなかったかもしれませんね

 

そのうち

二人が揃って同じ駅で降りたので

学校の最寄り駅だと思います

 

降車した二人を

窓から見たのですが

昔々の女子高生のおばちゃんが

勝手に

なんだか気まずいと思っているだけで

二人の関係性は

普段通りだったのかもしれませんね

 

 

話は初めに戻りますが

女の子が投げかけた話題を

今日は考えてみたいと思います

 

「幸せと不幸は 一生で考えたら だいたいみんな同じくらいって言うけど どれくらいずつあるのかなぁ?」

ということですが・・・

 

この研究の論文があるのかどうかは分かりませんが

厳密に言えば

最終的には

命を全うする時に

人生を降り返って

どう思うかという

人の一生で判断しなくてはいけないので

データを取るのも難しいように思います

 

そして

人の考え方により

随分差が出るのではないかと

私は思います

 

特に

幸せということについては

大きな差があるように思います

 

不幸もどう捉えるかは

人それぞれだと思いますが

 

例えば

極論を言えば

余程特別な事情がない限り

最愛の方が他界され

幸せと思うことはないでしょうし

 

入学試験が不合格であったり

就職試験が不採用であって

年数が経ってから

「あの挫折も良い糧になった!」

というのはあったとしても

 

その当時は

やはり

残念であったり

悔しかったりして

幸せとは思えないのではないかと思います

 

これらのことが

不幸と言えるかどうかは

お人によって違うかもしれませんが

少なくとも

幸せな出来事ではないと言えるのではないでしょうか

 

ですが

幸せとは

人によって全く感覚が違って

同じ出来事が起きても

必ずしも

全員が

幸せと思うことはないように思います

 

もしかしたら

人によって

幸せのハードルの高さはまちまちなので

もっと

もっとと

際限なく幸せを求めてしまう人もいるかもしれません

 

私は

このホームページでも

「自分は幸せです

と度々お伝えしていますが

 

単純で感動しいなので

そう思うということには違いがありませんが

 

それより

誰よりも

幸せのハードルが低いと思っています

 

それはきっと

若い頃に

世間一般的に

難儀と思われることを

バラエティ豊かに経験してしまったので

多少難儀なことが起きても

「あれらに比べたら・・・」

と思ってしまいます

 

最高の幸せは

自分も家族も

今日も元気に生きていること

と思っているので

毎日幸せに感じるのかなぁと思います

 

私はこんな感じで生きているので

この毎日の幸せの上に

 

仕事がただただ楽しかったとか

その

ただただ楽しかった仕事で

お稽古に来てくださる皆さんの

大切なお金を頂戴したことが

どれほど有難く

心より感謝するべきことなのか

 

嬉しいことがあったとか

楽しいことがあったとか

美味しい物を食べたとか

感動することがあったとか

 

これらのことは全て

毎日元気に生きているだけで

幸せと思っている上にプラスされた

スペシャルなオプションのようなものです

 

そう考えると

元気に生きているだけで

ハッピーなので

毎日幸せで仕方がありません

という

ハードルの低さです

 

だから

自分は幸せと思えるのかなぁと

自分なりに分析しているという

幸せ者です

 

女の子の問に対する正しい答えは出せませんし

幸せと不幸が

現実的に

みんな同じ分量であるかも分かりませんが

 

違う言い方をすれば

幸せと不幸の分量は

自分で決めることができると

私は思っています

なんせ

単純ですからね

ははは~

 

そしてそして

今日の作品の

が来て朝になる

また

夜が来て朝になる

どんなに暗くても

光はいつか

かならず射す

ですが・・・

 

自分が辛い時

不幸と思っている時というのは

「なんで私ばかり!」

と思うかもしれませんし

 

「一体この辛さは いつまで続くの?」

と思うかもしれません

 

現実に

その渦中の時は

周りも見えなくなって

不幸の淵に落ちたような

底なし沼にはまってしまい

もがき苦しんでいるような気持ちになるかもしれません

 

ですが

今日の作品の如く

夜が来たならば

時間の経過と共に

必ず朝はやってきます

 

辛い時

苦しい時というのは

「もしかしたら 一生このままなの?」

と思ってしまうかもしれませんが

時間の経過と共に

それなりに変化はあるものです

 

おおよそ平均寿命まで生きたとして

不幸とは言えないかもしれないけれど

人生で

辛いこと

苦しいことが

一回もなかったという人はいないと思います

 

そして

その逆で

幸せとは言えないかもしれないけれど

人生で

楽しいこと

嬉しいことが

一回もなかったという人もいないと思います

 

時には

難儀な出来事が起きたのに

それを上回る

難儀な出来事が

何故か重なって起きるというのも

長い人生にはあるかもしれません

 

私も過去に

人生に於いて

トップ3と思える難儀な出来事が

一度に起こり

心が壊れかけました

 

そして

幸い心が壊れなかったのですが

体が壊れて入院するということがありました

 

その時

人間の体って

本当に精巧にできていると思いました

心を守るために

体が犠牲になるのですから

 

幸せと思えることは

存分に味わって

 

不幸と思えることは

もうしょうがないので

その時は

やるべきことはやらないといけませんが

 

必要以上にもがかず

じっと耐え忍んで

やり過ごすといいますか

嵐が通り過ぎるのを

静かに待つということではないでしょうか

 

夜が来たら

次に

必ず朝が来るように

「今の辛さは 一生は続かないと信じて」

 

そして

自分の考え方で

幸せは最長に

不幸は最短にを実現できれば

 

それは

この上ない幸せであると

私は思います

 

 

皆さんにとって

素敵な一週間でありますように

それでは

また日曜日にお逢いしましょう

 

 

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