たまには空を・・・

 

皆さん いつも雅の遊び字ギャラリーにお越しいただきましてありがとうございます

皆さんにはお変わりなくお過ごしでしょうか

 

まだまだ残暑が厳しい日々ですが

とうとう九月になりましたね

今年も残り四ケ月となり

冬もあっという間に来るのであろうと思いながらも

その前には秋があり

現実には

まだ暑くて真夏のような気候です

 

月日の流れの速さと

暦上の月日と

現実の体感の季節が全く一致せず

脳が誤作動を起こしそうです

 

まだまだ暑い日々ですが

皆さんも

どうぞご自愛くださいね

 

 

それでは

今日の作品です

たまには空を見上げてごらん

お月さん

真珠みたいにまんまるで

お星さん

宝石みたいに輝いている

心のお洗濯

ですが・・・

 

今年の中秋の名月は

9月10日土曜日のようですね

 

お月さんと言えば

詠み人は不明とされていますが

短歌の

月々に月見る月は多けれど

月見る月はこの月の月

という作品が思い出されます

 

月と言う言葉が繰り返し出てきて

月づくしではありますが

とても印象的な短歌です

 

ごとに

を見ており

を見る機会は多いですが

を見るというならば

このでしょう

ということのようですね

 

名月を見るならば

今月の満月ということなのでしょうか

 

<百人一首 79番>

<新古今集 秋413>

左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)の

 

秋風に

たなびく雲の絶え間より

もれ出づる月の影のさやけさ

という

素敵な和歌もあります

 

秋風に吹かれて

横に長くひき流れる雲の切れ目から

洩れてくる月光は澄みきって

なんと美しいことか

 

長月に

空を見上げると

明るく輝く月と雲という

秋の美しさが伝わる和歌ですね

 

現実にも

厚い雲に覆われて

なかなかお月さんが顔を出してくれなかったけれど

やっと

雲の切れ間からお顔を覗かしてくれて

とても嬉しく思うことがあります

 

中秋の名月のお天気はどうでしょうか?

名実ともに

名月を鑑賞できればいいですね

 

 

話は変わりますが

日常で空を見上げて

お月さんやお星さんを鑑賞するというのは

とても素敵なことであると私は思っています

 

勿論お天気に左右はされますが

お金を支払わなくても

誰もが鑑賞できる

不平等なことばかりの世の中で

数少ない

自然からの恩恵をいただける

ある意味

奇跡のような

誰しもに平等なご褒美です

 

ですが

たとえ平等であったとしても

興味がなかったり

心に余裕がないと

空を見上げることはしないかもしれません

 

私は夕方までには帰宅するので

毎日夜空を見上げているわけではありませんが

むしろ

たまに見上げるから

ご褒美と思えるのかもしれません

 

夜空を見上げると

美しい月が鑑賞できるというのは勿論素敵ですが

時に見る

月の光が湖に反射してできる

光の筋である

月の道が湖上に現れるのも

とても神秘的で

まさに奇跡に思えます

 

月光が湖に映り

細長い光の道が湖面に現れるという

月の光と

漆黒で静寂な湖が織りなす情景です

 

心が奪われて

時を忘れてしまうほどの

神秘的な光景です

 

そして

人生で

夜には五回ほどしか見たことはない

龍の雲と自分では思っている雲です

 

雲が横ではなく

縦に長く伸びていて

その先端に近い部分に

満月に近い月が現れ

まるで

龍の目が

月によって表現され

美しい昇り龍に見えます

 

月の光によって

漆黒の中に

目にはダークグレーに映る龍の体と

輝く月の目

まさしく

昇り龍という表現以外に見当たりません

 

ただただ神々しく

毎回

手を合わせています

 

正確には

専門家の方が見られると

龍の雲でないと言われるかもしれませんが

自分がそう信じて

自分だけの喜びで

自分が幸せだったら

本当のところはどちらでもいいように思います

 

とにかく

私は幸せに感じています

龍神様が出現されたと思っています

(なんたって 私は何事も自分に都合が良い解釈ができる能力???があるので・・・)

(ははは~)

 

そして

雲の流れと

雲間に出る月の加減で

広大なキャンバスに描き出される昇り龍が

一瞬の時もあれば

なかなか長い時間鑑賞できる場合もあるということです

 

まさしく

またお目にかかれるかどうかも分からない

なんの約束もない

一期一会かもという感じです

それだけに

また出逢えた時の喜びはひとしおというわけです

(ほんまに幸せ者やわ~)

 

そして

お月さんには

満月もあり

新月もあり

三日月もあり

上弦の月もあり

下弦の月もあり

 

そして

満月への期待を膨らませ

前夜の月に

小望月(こもちづき)

と言って愛でる月もあるようですね

 

先人の深い想いと

素晴らし表現力と

全てに美しい余韻を感じるところが

風雅と思えるところではないでしょうか

 

昔の人というのは

今のような豊な暮らしではなく

学問も今程学んでいないかもしれませんが

感情が豊かで

あえて

全てを表現しきらない

余白の美というものを醸しながら

それでいて

読み手には伝わるという・・・

ただただ溢れる才能に感銘するばかりです

引き算の美学なのでしょうか

 

私は言葉を扱う仕事をしているので

尚更

先人への

畏敬の念と憧れが

敏感にそう思わすのかもしれません

 

そして

私はお星さんを見るのも大好きです

全く詳しくないので

どの星を見ても

星としか思えないのですが

名前は知らないけれど

夜空にダイヤをちりばめたごとく

まばゆく輝いて

心が癒されます

 

子どもの頃

父の田舎に行った時

本当に星が降るように輝いていて

感動したことがあります

 

それまでに見ていた星というのは

首が痛いくらい空を見上げて

薄っすらした星を見つけるという感じだったのが

真っすぐ前を向いたままでも

大きくくっきりと

キラキラ輝く星を見ることができ驚きました

星が降るという言葉に偽りなしという感じです

それだけ空気が澄んでいたということなのでしょうね

 

私の出生地は

大都会のしかもど真ん中で

ごく幼い頃

星を見た記憶がありません

そののち

何度か引っ越しをして

星というものが

月と共に空にあるという認識になりました

今から思うと

なんとも複雑・・・

 

そして

湖の上に

降るように輝くお星さんも素敵です

 

本当は

空も湖もどちらも漆黒のはずなのですが

広い湖の場所によっては

漆黒ではなく

遠くのホテルやビルなどの常夜灯が

鏡面のごとく湖に映って

波音は耳に届かなくとも

ゆっくりと

光がゆらゆら湖面を揺らして美しいです

これはまた

人工的な光による

夜景の美しさと言えるのでしょうね

 

そして

段々と星は見えなくなるのですが

ほんのりと明るんだ空と

かすかに聞こえる波音

これもまた

とても美しく

目と耳へのご褒美です

 

このような景色を見ることができるのは

今生きているということであり

見たいと心が動き

実際に見ることができるというのは

とても幸せだと思います

 

結局薬局!

「あかんあかん!」

「古い古い!」

「完全に死語だわ!」

 

結論として

今日の作品のように

たまには空を見上げてごらん

お月さん

真珠みたいにまんまるで

お星さん

宝石みたいに輝いている

心のお洗濯

のごとく

 

お月さんを見るのも

お星さんを見るのも

私にとっては幸せで

その幸せを決めるのは

他の誰でもなく

自分自身であり

 

自分で自分のご機嫌を取り

たまに

自分で自分なりの

心のお洗濯ができる人は

幸せなのではないかなぁと思っています

 

まぁ

私は自分に非常に甘いので

心のお洗濯と称して

自分にご褒美を山盛り出すという・・・

「もうこれ以上お洗濯せんでええか~」

と思う今日この頃です

 

心には

余裕を持って

過ごしてゆきたいと思います

 

体には

余肉なく

シュッとスリムになりたいところですが

こちらはなかなか・・・

 

毎日食事が美味しくて美味しくて~

食欲が爆裂で~

「う~ん・・・」

 

夏の今でこうならば

食欲の秋が来たならば私はどうなることやら???

「う~ん・・・」

ただただ怖~い!!!

 

 

皆さんにとって

素敵な一週間でありますように

それでは

また日曜日にお逢いしましょう

 

 

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