疲れたということは・・・

 

皆さん

いつも雅の遊び字ギャラリーにお越しいただきまして

ありがとうございます

皆さんにはお変わりなくお過ごしでしょうか

 

ゴールデンウイークも

長い方でも今日で終わりですね

まずは

ゴールデンウイークにお仕事をされていた方

本当にお疲れさまでした

 

それぞれの方が

それぞれのゴールデンウイークだったのだと思います

 

我が家はと言いますと

末子が三泊四日で帰省し

家族とお墓参りに行き

身近な親族が集まって

お茶と夕食を一緒に過ごすという

一日がありました

 

ゴールデンウイークの終盤になると

空港や駅などで

旅行や帰省などの

感想を聞かれる映像を見ます

 

子ども達は

元気いっぱいに

「楽しかった~!」

という満面の笑みで

インタビューに答えていますが

 

お孫さんを見送られた方は

「会えて嬉しかったです」

「無事に帰ってくれることを願っています」

「疲れの方は二三日後にやってくると思います」

「来て嬉し 帰って嬉しです」

というお言葉を

 

お正月

ゴールデンウイーク

お盆と

長いお休みの度に

聞くように感じます

 

「来て嬉し! 帰って嬉し!」

これって

本当に素直な気持ちなんでしょうね

実感がこもっていて

この一文で

色々な場面を想像します

 

勿論

会えたという喜びが

一番大きいのだと思いますが

 

無事に終えることができたという安堵感!

無事に帰宅してくれたという安堵感!

やり終えたという達成感!

帰ってしまったという喪失感!

 

お人によって感じ方は色々だと思いますが

一つの思いだけでなく

色々な思いが

複雑に混ざっているのかもしれません

 

その混ざった思いが

「来て嬉し! 帰って嬉し!」

という言葉に集約されているのかもしれません

 

 

何故疲れるのかと考えた時

【普段とは異なる生活になる】

ということではないかと思います

 

心身共にということでしょうか

心としては

たとえ家族であっても

気を遣うということ

 

身としては

普段より行動が増えるということ

 

そして

家族が帰省すると言っても

日帰りと泊まりでは

全く違うのだと思います

 

日帰りの場合は

なんとか

その一日を頑張ればいいという

単発的な頑張り!

 

ですが

たとえ

一泊だったとしても

泊まりとなれば

 

お布団の準備

お風呂の準備

洗面用具の準備

食料品や飲料の準備

 

最低でも

次の日の朝食の準備・・・

などなど

単発的な頑張り!

ではなく

継続的な頑張り!

が必要ではないでしょうか

 

日帰りは

たとえ見送りが夜中になったとしても

「ほな 気をつけて帰りや~」

・・・・・

「疲れた~」

「片づけは明日にして・・・」

「今日はもう寝よ!」

ということがOKかもしれません

 

ですが

泊まりの場合は

そんな訳にはいかないのだと思います

 

これがまた

一泊なのか

三泊なのか

五泊なのか・・・

 

今年のゴールデンウイークは

最大12連休と言われていましたが

もし

前日の

4月28日の夜から帰省されたら

12泊13日というご家庭もあったかもしれませんね

 

月の半分近くが

普段の生活と違うリズムになるならば

これは

なかなか

嬉しさや喜びだけではない

大変さがあるかもしれませんね

 

何が疲れるかというと

お人それぞれだと思いますが

【普段とは異なる生活になる】

私はこれが一番大きく感じます

 

普段とは違う

生活のリズムになることが

疲れる原因の一つだと思います

 

ですが

私は相変わらず変わっているので

多くの皆さんとはちょっと違うかも・・・

です

 

多くの方は

自分なりの

規則正しい生活が乱れるということではないかと思うのですが

 

私の場合は

普段の不規則極まりない生活が

規則正しい生活になることで疲れるということです

 

「?????」

ですよね

 

要するに

普段は就寝時間もバラバラ

そして

0時より前に寝ることはない

1時2時が常

 

そして

起床時間もバラバラ

 

1時2時に就寝したとしても

遠方の教室ならば

5時に起床しても

自分としては

眠くもなく

目覚まし時計でパッと起きれます

 

就寝時間は

毎日1時2時でも

起床は

仕事によって

5時であったり

6時であったり

7時であったり

8時であったり・・・

 

仕事が午後からだと

ゆっくり起きれるということです

本当に

我がまま放題です

 

体には良くないでしょうが

自分としては

これでなんの困ったこともないということです

 

寝不足に思える日も

遠方なら

電車の中で

駅から駅への間は熟睡

各駅に到着前のアナウンスで

目が覚め

また寝るという

 

帰宅してからも

どんなに眠くても

ベッドでお昼寝をすることはなく

 

第二のベッドと思っている

ソファーで

ちょっと仮眠すると

完全に復活できるので

眠くなったら寝る

原始的な方法かもしれません

 

とにかく

究極の夜型なので

夜が深くなればなるほど

元気になって

頭もクリアになって

創作意欲も湧いてくる

 

自分がそう思い込んでいるだけかもしれませんが

そんな不規則な生活です

 

ですが

家族が帰省すると

何が変わるかと言うと

就寝と起床は

普段から不規則なので

まぁええとして

 

一番大きな違いは

食事を三食摂るということです

 

当たり前のことなのですが

普段

三食食べるということがないので

末子が帰省していた

三泊四日

プラス後の二日

お腹がパンパンで苦しかったです

 

普段三食食べない理由は

今は元気なのですが

持病が食べることに関わる病気なので

 

精神的に

食べないことが

一番体調を崩さないという安心感に繋がるので

午前の仕事の時は

朝食を食べず一日二食

 

午後の仕事の時は

朝食と昼食を食べずに

夕食の一食のみ

 

「なのに何故にぶ~ちゃんなの?」

「完全吸収型なの?」

という疑問は残り・・・

 

皆さんだけでなく

張本人の私も

ただただ疑問なのですが

取り合えずその疑問は置いといて・・・

 

とにかく

そんなこんなで

普段一日三食食べることがなく

 

休みの日でも

ゆっくりめに起きて

朝食は食べずにブランチという感じ

 

ですので

朝食を食べるという習慣がないのですが

 

家族が帰省したら

母として

食べさせてやりたいという気持ちもあり

三食一緒に食べるということです

 

ですが

食べる量は減らしております

そうしなければ

どう考えても

要領オーバーで

お腹が破裂しそうです

 

そんなこんなはあったとはいえ

無事に

家族とのかけがえのない時間は

あっという間に過ぎました

 

日頃から

我がまま放題に生きている私ですが

大学時代から離れて暮らすようになった

我が子達

 

実家に帰って来て

また自分達の家に帰る時

必ずしていたことがあります

 

これは

母としての我がままです

 

長子は結婚しているので

今はしなくなりましたが

末子は独り身なので

今でもしています

 

我が子と会える頻度は

長子は一か月に一回

末子とは一年に一回

 

これが多いか少ないかは

お人の感覚なので分かりませんが

 

悲しい話でも

辛い話でもなく

現実問題として

「末子とは残りの人生で あと何回逢えるかなぁ?」

と思います

 

まずは

お互いが元気でいること

そして

寿命の問題としては

私の方が当然短いので

 

この先

一年生きていれば

あと一回

二年生きていれば

あと二回

 

淋しい話ではなく

現実的な問題なので

そう考えると

とにかく元気でいたいと思うばかりです

 

 

話は脱線しましたが

母としての

私の我がままですが

我が子との別れ際

握手をしています

 

ですが

今回は末子が帰る時

「ハグと握手させて~♥」

と言って

一段階アップさせてもらいました

 

きっと

これって当たり前ではないのでしょうね

 

ですが

あと何回逢えるか分からないのですから

遠方でもあり

最期の最期に

手を握りしめてもらうことはできないかもしれません

 

そう思うと

はっきり意識のあるうちに

素敵な想い出として

我が子を抱きしめる感覚も

手を握る感覚も

記憶に残しておきたいと思います

 

これは

決して悲しい話ではなく

幸せに前向きに生きて行くための

私の想いです

 

 

末子は

本当は照れくさいかもしれませんが

母の我がままな想いに付き合ってくれているので

私はとても幸せに感じています

 

大人になった我が子を抱きしめたり

手を握ったりと

お人から見たら

一般的ではない

おかしな行動なのかもしれません

 

ですが

私はこれからも

末子が独り身の間は

母の我がままな想いを叶えさせてもらおうと思います

 

 

話は遠い昔になりますが

物心ついた頃から

小学校の高学年まで

 

母の弟である叔父が

会って別れ際

いつも

「じゃぁ 握手しとこ!」

と言って

必ず握手をしてくれました

 

人生で

おばちゃんとおばちゃんが

久方ぶりに会って

握手というより

お互いに手を握ったということはありますが

 

別れ際

必ず握手をするというのは

私の人生で

叔父しかいませんでした

 

幼い頃は

叔父のその行動を深く考えていなくて

その叔父と会ったら

(別れ際は握手をするのね)

という認識でした

 

ちょっと不思議な気持ちもありましたが

子どもの頃

時にニュースで見る

外国の方が会われた時

ハグをしたり

頬を寄せたりという

あのご挨拶の一種という気持ちでいたと思います

 

私にとって

あの遠い昔の叔父との握手は

今私が我が子にする

抱きしめることや

手を握るという行動に

どこか似ているように感じます

 

言葉にも感情にも出さないのですが

心の奥底では

(たとえ これが最後だったとしても・・・)

という奥深い心情なのだと思います

 

 

今私が

我が子に照れることなくできるのは

きっと叔父のおかげだと思います

私にとって

叔父とのかけがえのない大切な思い出です

 

プライスレスという言葉がありますが

叔父との別れ際の握手も

私が我が子を抱きしめたり

手を握ることも

 

まさに

お金で買うことができない

プライスレス

 

私にとって

別れ際の大切な儀式

かけがえのないプライスレス

 

 

余談も余談ですが

我が家の方面

5月2日に地震がありました

後に震度を確認したら

大した事はなかったのですが

結構揺れたように感じました

 

私はキッチンで調理していたので

あまり分からなかったのですが

末子が

「めっちゃ揺れてる~!!!」

と言ったので

慌てて

末子の座っているソファの隣に座り

「こわ~い!」

と言いながら

どさくさに紛れて

末子の手を握るという・・・

 

普段は

揺れが大きいと

怖いと思いながらも

柱に捕まるということですが

 

母というより

女子を出して

どさくさに紛れて

末子の手を握るという

奥の手を出してみました

 

そして

末子の手を握った時

31年前の

阪神淡路大震災を思い出しました

 

6歳の長子と

3歳の末子が

タンスが並ぶ部屋で

私の両脇に寝ていて

恐ろしいほど揺れた時

どちらかを抱きしめることが出来なかったです

 

一人を助けたら

一人が助からないかもしれない

 

だから

両手をそれぞれの体に触れるだけで

万一の時は

三人一緒にと思いました

 

あの時ほど

夫に傍にいてほしいと思ったことはありません

 

あれから31年

母として我が子達を守ろうという気持ちから

どさくさに紛れて

母ではあるけれど

子に守ってもらおうかと

手を握りしめたという

 

年月は過ぎて

今更ながら

もう守ってやらなくていいんだなぁと

 

随分昔から

私が守ってもらっていたのだと

改めて実感した

キュンとする出来事でした

 

 

皆さんにとって

素敵な一週間でありますように

それでは

また日曜日にお逢いしましょう

 

 

雅のインスタグラムもよろしくお願いします

筆ペン遊び字 雅(みやび)

ma_arukumaruku

(ま_あるくまるく)

 

想い文 雅(みやび)

omoibumi

(想い文)

 

おばちゃんのズッコケな日常

雅(みやび)

hibi_bochibochi

(日々_ぼちぼち)

 

 

遊び字が

LINEのスタンプになりました

9種類ありまして

作品は全て最大個数の40個にさせていただきました

 

LINEのスタンプショップの検索欄に

asobiji-miyabi

と入れていただくと表示されます

よろしくお願いいたします